深層心理学者で精神科医のC.G.ユングは、人間が3人集まると、その関係性=集団は、「精神病」の様相を呈する、といいました。その3人が、みな「理性的」であっても、早晩、集団は精神病的になる、というのです。
集団は、個々人の(理性の)「合算」を超えた『非合理的で、不可解で、想定外』なものだからです。
この点についてよく理解しているのが、「家族」という集団と取り組んでいるファミリー・セラピストです。
ファミリーだけではありません。ビジネスやオーナーシップという「集団」も、実は四六時中「精神病」的になっています。私たちは、気がついていませんが。
なぜでしょうか?
「茹(ゆ)でガエル」状況と同様、その集団の中にいる人は、非合理的で、不可解な精神病的状態にいつの間にか『慣れ親しんで』しまって、『病識』をもてないからです。そのため、その状態のヤバさ、マズさに、気づきません。気づきがなく、自己省察能力のないのは「精神病状態」です。それは、所与の状況に呑まれて酔っぱらい、醒めることのない状態です。
こうしたことは、普段のファミリーやビジネスで、実は頻繫に生じています。恐ろしいことです。
たとえば、ファミリーにおけるDV、家庭内離婚、アルコール依存、ギャンブル依存、親子の断絶、近親姦・・・。ビジネスにおけるパワハラ、いじめ、頻発する離職、不倫、詐欺、人権無視・・・。ファミリーやビジネスに生じるそうしたことは、集団における精神病的側面の反映 / 顕現です。舐(な)めずに、放置せずに、早めに取り上げ、向き合いましょう。
サピエンス(人類)は、劣悪な環境 / 集団に適応できる能力を、進化過程で身につけました。だから、地球のどこにでも住めます。ここまで適応力のある生物は、他にはほとんどいません。
が、その適応能力が、マイナスに働くことが、よくあります。ファミリー、ビジネス、オーナーシップの各サークル(集団)において、です。茹でガエルのようになっていても、です。
だから「ガバナンス(集団内統治システム)」が、必要です。
しかし、ガバナンスは理性をベースにしているため、集団が精神病的要素を呈すると、その非合理的な力動(ダイナミクス)に圧倒され、統治不可能になる、ということも少なくありません。ガバナンスは「万能」ではありません。
精神分析のS.フロイトは、意識(理性)は、氷山の一角にすぎず、水面下には、広大な無意識(非合理性)が潜む、と述べました。無意識は、非合理的で、(個人的ではなく)集団的で、精神病的です。無意識に秘められた力動(力と動き)は、よく「津波」に譬えられます。それは、意識や理性を、いとも簡単に圧倒し、破壊してしまうダイナミクス(dynamics)です。
私たちは、ファミリービジネスを支援するにあたって、「家族療法(ファミリーセラピー)」と「組織療法(ビジネスセラピー)」を推奨しています。その2つは、共に「集団力動」を扱うセラピーです。
集団力動を意識的に体験し、集団に関する専門セラピストから訓練を受けない限り、集団力動の不可解さや精神病的側面を、その内側から理解することはできません。集団力動の非合理的状況から抜け出す方法が、身につきません。
「集団」力動と、「個人」力動とは、質(quality)が異なります。集団力動の方が、個人力動よりも、圧倒的なパワーと動きを秘めています。そのため、ある人が個人的に理性的であっても、その人は、集団の非合理性、不可解さ、精神病的力動(パワーと動き)に、抗うことが、まずできません。
精神分析医のウィルフレッド・ビオンは、集団について、3つの精神病的集団と1つの健全な集団から、述べました。3つの精神病的集団とは、「依存集団」「対立集団」「結合集団」です。
ここでは、依存集団についてのみ述べましょう。
それは、各メンバーが、絶対的な権力と優越性を持つカリスマ的リーダーに完全に依存して、安全、安心、保護をパッシブに求める集団です。メンバーに主体性がなく、依存的、受動的なのが、この集団の特徴です。依存的なそうしたビジネスや家族の集団は、少なくありません。
対立集団や結合集団については、紙面の都合で今回は書きません。ご関心のある方は、ご連絡ください。
ビオンの健全な集団は、明確な目標をもち、各メンバーが目標に向かって、主体的に協働する集団です。集団は、そのままでは / 自然なままにしておくと、非合理的で、不可解で、精神病的な様相をたびたび呈します。
集団の非合理性を統治するシステムが、ガバナンスです。
しかし、集団は不可解さや精神病的側面を秘めているため、ガバナンスの効かないことがままあります。そこで求められるのは、集団力動に対する心理学のまなざしです。また、集団力動の想定外、不可解さ、精神病的状態に身を浸したり、そこから抜け出たりするトレーニングを「経験」的に、積み重ねることです。
積み重なった経験とガバナンスとを統合すると(今回は詳細を書きませんでしたが)、集団は、ビオンのいう健全なものへと進展し始めます。その集団は、ウェルビーイングとサスナビリティを兼ね備えた良質なものとなるでしょう。
この記事の内容は、日本ファミリービジネスアドバイザー協会に寄せた コラム「ファミリーへの支援」の一部を改変したものです。